日記

逃げていく月

どーもこんばんは。

もうかれこれ飲食店で8年ほど働いている。
今は友達が経営している居酒屋にいる。
その友達は前やってたバンドのベーシストだったりする。
このブログのもう一人の管理人、生き物大好きshunも同じバンドのドラマーだった。

それぞれ忙しく、スタジオでの練習も月に一回あるかどうかで、
結局1年ほどで解散してしまった。
俺は忙しいフリしてただけだが。
その時の職場が最高に楽しく、仕事終わりに夜な夜な遊びまくっていた。

解散してから3~4年経つ。
惜しいバンドだったと毎日思う。

手前味噌だが、結成一ヶ月ほどで市内のバンドコンテストで優勝した。
出演者数10組にも満たない規模の小さいコンテスト。

演奏の出来はというと、散々なものだった。
でも、優勝した。

今にして思えば、全バンドお世辞にもレベルが高いとは言えなかったし、
結成一ヶ月にしては割と仕上がっていたので、
将来性を見込んで票が集まったんだと思う。

とはいえ嬉しかった。
優勝賞品は、2ヶ月後行われるイベントで1000人収容可能の大ホールで演奏する権利と、
同施設にあるスタジオを二日間貸切ることが出来る権利だった。

ライブ後、当時shunがバイトしていた天ぷら屋で打ち上げをした。
メンバー全員口下手だったが、
ライブの感想やら今後の展望やら、
笑顔が絶えなかった。
あの日は最高の一日だった。

それからは月一ペースでライブ活動を行った。
2度、苫小牧にも遠征した。

メンバーそれぞれ演奏力も向上していったし、
曲のストックも増え、アレンジも少しづつ洗練されていった。

しかし当然アマチュア、音楽で食っているわけではないし、
それぞれの生活もある。
スケジュールが合わないことは往々にしてある。

ベースのリーダー(皆そう呼んでいた)が法人を立ち上げたり、
ボーカルの子は学校生活や、ソロ活動などで多忙。
俺は遊び呆けていた。

ライブは月に一度。
たった一度の一時間のスタジオ練習すらないまま次のライブなんてこともあるぐらい、
スケジュール上のすれ違いが激しくなっていった。
違う意味で、ライブバンドだった。
個人では練習していても、
当然バンドとして息のあった演奏など出来るわけがない。
ベック風に言えば「ケミストリー」なんか感じられなくなっていた。

ライブを見てくれた人たちからは、
「なんかバラバラだよね」という声もあったらしい。
当たり前だ。
ケンカなどはなかったが、
集まるたびにモヤモヤした何かを持ち帰っていた。

結成から1年くらいのある日、
スタジオ練習の初めに、
誰からともなく解散しようという話になり、
これといった反対意見もなく、練習後そのまま解散した。

音楽は不思議なもので、
同じセッティング、
同じ曲を同じように演奏していても、
その時によって驚くほどその表情は違う。

音楽を構成する要素、
演奏している人間の気持ちなど、
無数にある要素が影響しあって、
常に違った顔を見せる。

解散したその日のスタジオ練習で何曲か合わせたが、
皮肉なことに、
それまでにないほど素晴らしいものになってしまった。
どの曲を演奏しても、凄まじい手ごたえだった。

無数にある要素のどれがどのように反応して、
そういう風に感じさせたか。
それが絶対に解明しきれないから音楽は深いし、
いつまでも愛される。

しかしこの日に限っては、
各々のバンドに対する思いが、
演奏に良い方向に作用したと思っている。

解散するその日に、
バンドが持ち得なかった何かが、
手に入ってしまった。

解散するその日の練習が、
それまでで一番楽しかった。

その記憶があるから、ちゃんと続けてたら、
今ごろすげーバンドになってたよなとかズルズル思ってしまう。

なにしろ、歌も死ぬほど上手かったし、
良い曲も作ってたしね。

飲食の話を書こうと思ってたが、
いつのまにかバンドの話になってた。

ABOUT ME
kou
1986年生まれ。 飲食店勤務。 プラプラ生きてます。 スマブラSP始めました。